2018年の沖縄県の人口は約144万人。でも世界にはウチナンチュと呼ばれる沖縄県系の人たちがなんと40万人以上います。いったい彼らはどんな国に住んでいるのでしょうか?

第1位:ブラジル【約16万人】

世界にいるウチナンチュが最も多く住んでいるのが、南米エリアにあるブラジルです。その数はなんと約16万人!世界中にいるウチナンチュのうちの40%が、南米ブラジルで暮らしているのです。

世界のウチナンチュが最も多いブラジルってどんな国?

ブラジルの面積は日本の約23倍の広さがあります。世界的に見てもこの広さは5番目に広いのですが、総人口は日本の総人口よりもやや多い位です。

ブラジルには様々な人種の人々が住んでいます。もちろんブラジルの先住民もいますし、1500年ごろからはポルトガル人が植民を始めたためポルトガル人も多いです。また植民が始まった頃には奴隷として黒人が多く連れてこられたため、黒人系の人も多いです。

ですからブラジルの文化を大きく分けると、【ブラジルの原住民文化】【ポルトガル文化】【黒人文化】の3つが基礎になっています。

さらに広大な土地を持つブラジルでは豊かな資源を豊富に抱えていました。特に砂糖、金、コーヒーの産地としても有名で、時代によって「砂糖の時代」「黄金の時代」「コーヒーの時代」などと呼ばれることもあります。

そんな豊かな資源を持つブラジルは、貧困から抜け出して豊かな生活を手に入れたいと願う人たちの憧れの地でもありました。そのため世界中からたくさんの移民が集まってきました。その中にはウチナンチュの姿もたくさんありました。

こうして移民してきたウチナンチュたちが結婚し、その子や孫たちがブラジルの空の下で生まれました。こうしてブラジルには約16万人ものウチナンチュが暮らすようになったのです。

第2位:アメリカ【約10万人】

ブラジルほどではありませんが、世界のウチナンチュの約1/4が住んでいるのがアメリカです。中でもウチナンチュの人口が集中しているのがハワイです。

10万人と言われるアメリカ在住のウチナンチュのうち、ハワイ在住者は4万5千人!実際に私の友人にも「ハワイに親戚がいる」という人が結構多いです。

アメリカの中でもウチナンチュが多いハワイってどんなところ?

ハワイは、沖縄と同じく大小合わせて132もある島でできた州です。首都のホノルルがあるのはオアフ島で、観光客にも人気の場所です。ほかにもマウイ島、ラナイ島、ハワイ島、カウアイ島、モロカイ島はハワイ州を代表する人気の観光スポットになっています。

アメリカは多くの人種の人々が集まる国として有名ですが、ハワイ州ではウチナンチュを含むアジア系の人口が最も高いのが特徴です。ですから観光地などでは日本語で対応してくれるショップスタッフも多く、日本人に人気がある海外旅行先として常にその名前が挙げられます。

そんなハワイに住むウチナンチュは、自分たちのルーツであるオキナワの文化や歴史をとても大切にしています。戦争をきっかけにハワイに移り住むことになったウチナンチュたちも多く、そうした人々の中には自ら望んで移住を決断したという人ばかりではありません。

それでも遠く離れたハワイの地で自分たちのルーツを大切に守り、さらに次の世代へとその思いを引き継がせようとする動きがハワイの県人会同士で活発です。そうした動きが形となったビッグプロジェクトもあります。それが「ハワイ沖縄プラザ」です。

ハワイ沖縄プラザは、ハワイ在住のウチナンチュのための新たな拠点づくりとして建設された商業施設です。この建物の建設を提唱したのは完成からさかのぼること15年。当時のハワイの沖縄県人会に当たる「ハワイ沖縄連合会」の会長が声をあげたのがきっかけでした。

とはいえ完成にこぎつくまでには数多くの困難があったといます。しかも建設のための資金は寄付金頼み。そんな苦しい状況でもウチナンチュの絆によって、ハワイ在住のウチナンチュだけでなく沖縄県や各市町村、さらに計画の趣旨に賛同する会員たちの支援によって誕生したのが「ハワイ沖縄プラザ」だったのです。

こうした話はハワイ沖縄プラザに限ったことではありません。でも心温まるこうした話題を耳にするたびに、「遠く離れていてもウチナンチュの絆は繋がっているのだ」ということを改めて実感します。

第3位:アルゼンチン【約1万6千人】

世界に住むウチナンチュの中で三番目に人数が多いのが、南米アルゼンチンです。アルゼンチンは南米諸国の中でも日系人が多い国の一つに挙げられます。そんなアルゼンチンにいる日系人の中でも多いのがウチナンチュ。言葉も文化も違う環境で数多くのウチナンチュが暮らすというアルゼンチンは、どんな国なのでしょうか?

日系人の中でもウチナンチュ率の高いアルゼンチンってどんな国?

日本人が最初にアルゼンチンに移民したのは「牧野金蔵」という武士で、移り住んだ時期としては明治維新の頃だといいます。移民した場所はアルゼンチンの中でも郊外にあたるラ・プラタで、当時のアルゼンチンではあこがれの職業であった機関士として働いていたといいます。こうしたこともあってラ・プラタにはアルゼンチンの中でも特に大きな日系コミュニティーがあります。

もちろんラ・プラタにもウチナンチュはたくさん住んでいます。特に戦前から移り住んできた日系人の中ではウチナンチュの数が圧倒的に多く、地元で開催される日系人のお祭りやパレードでは沖縄の伝統的な民族衣装でパレードに参加するウチナンチュの姿も多く見られます。

何しろアルゼンチンにある沖縄県人会は創立60年以上の歴史を持つ団体もあるのです。文化も言葉も全く違うアルゼンチンで移民としての基礎を築いてきたウチナンチュたちは、こうしたコミュニティーに関わりながら互いに助け合って様々な困難を乗り越えてきたのでしょうね。

世界にはまだまだたくさんのウチナンチュたちが暮らしている!

世界で暮らすウチナンチュが多く住んでいるのは南米エリアですが、北米エリアやその他の国々にもまだまだたくさんのウチナンチュたちが暮らしています。

そんな世界のウチナンチュが5年に一度沖縄に集まってくるのが「世界のウチナーンチュ大会」です。1990年に第一回大会が行われたこの大会が開催される時には、毎回世界各国からたくさんのウチナンチュたちが沖縄に集まります。

4日間にわたって沖縄本島各地で行われるこの世界大会は、世界に住むウチナンチュだけでなく沖縄に住むウチナンチュにとっても改めて自分たちのルーツを考える大切な日です。

この4日間に訪れる世界のウチナンチュの表情はみな明るいです。苦労をしてきたことを感じさせないその笑顔こそが、何事にも負けないウチナンチュの強さの表れのように思えます。

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