沖縄には遊園地はありません。でもかつてジェットコースターやメリーゴーランドなどを備えた遊園地が沖縄にもありました。しかも沖縄初の遊園地は与那原町にあったのです!沖縄初の遊園地の姿や現在の様子を調査!

沖縄初の遊園地「与那原テック」とは?

沖縄初の遊園地がオープンしたのは、今から50年以上前の1966(昭和41)年のこと。当時の沖縄は27年間に及ぶアメリカの統治時代の真っただ中で、与那原の街にも地元住民の中にアメリカ軍関係者の姿を見かけることもよくあった頃でした。

そんな与那原町にオープンした沖縄初の遊園地の名前は「与那原テック」。当時のキャッチフレーズは「科学が生んだオトギの国 総合自動車遊園地」だったようで、山の斜面を利用した広大な敷地の中にはジェットコースターやメリーゴーランド、ゴーカートにプールなど今の沖縄では考えられないほど充実した設備がありました。

当時の与那原テックの様子

与那原テックは海を一望する山の上に広がる遊園地だった

山のふもと

与那原テックがあったのは、現在の与那原町役場の後ろ側に広がる山。山のふもとからリフトに乗って頂上付近まで上がると、そこに様々なアトラクションが並んでいました。だから当時のことを覚えている人の多くは「与那原テックでリフトに乗った記憶がある」といいます。

ちなみに与那原テックがオープンした当時は敷地の周辺に民家などは一切なく、さらに道路も農道以外はほとんどありませんでした。つまり与那原テックが出来たおかげで道路が整備され、少しずつ住宅が増えてきたというわけ!だから「与那原テックからの景色は最高だった」といいます。なにしろ山の高台にある遊園地ですから街を一望できるのはもちろんのことですが、それだけでなく美しい海を眺めることが出来る絶景スポットでもあったのです。

与那原テックの記憶で沖縄県民の世代がわかる

「沖縄初の遊園地」というだけでなく子供の遠足やデートスポットにもなっていた当時の与那原テック。だから与那原テックの思い出を聞いていくと、記憶ごとに年代が分かれることに気が付きます。

「両親または祖父母に連れて行ってもらった記憶がある」という人は復帰っ子と呼ばれる昭和40年代生まれ。この年代の記憶でよく出て来るのが「リフトで履物を落とした」「プールで遊んだ」「観覧車に乗った」など子供ならではのほのぼのとした話です。

団塊の世代は「与那原テック=青春の思い出」という人が多いです。当時の与那原テックはデートの定番コースでもあったため、「彼氏・彼女が出来た→車を買う→与那原テックでデート」という人も多かったようです。

さらに年代が高くなると、「そういえばそんな遊園地があったね~」という感じ。確かにこの年代は当時子育ての真っただ中。「休みの日になると子供を連れて家族で与那原テック」が定番だったようで、休日の与那原テックの駐車場はそんな家族連れの車でいっぱいだったといいます。

平成生まれの沖縄県民はほとんど知らない与那原テックの存在

沖縄初の遊園地・与那原テックが営業していたのは、1966年から1986年までの約20年間。そのため与那原テックの存在を知っているのは、残念ながら昭和生まれまでです。

実際に私が当時の話を聞いた与那原町民の多くが現在の60代後半。与那原テックはちょうどこの年代が中学~大学生の頃に全盛期だったようで、友達同士やデートなどでよく遊びに来ていたという話を耳にします。

ただ同じ与那原町民であっても平成生まれになると全くその存在を知らないという人の方が圧倒的に多い…。確かにそれは仕方のないことかもしれません。何しろ今は与那原町に遊園地があったことを示すものが何もありません。

さらに与那原テックに遊びに行ったことがあるという人の多くが「いつの間にか閉園していた」と口々にいいます。つまり「楽しい思い出がある場所だったけど気が付いたらなくなっていた」というのが与那原テック。だから与那原町出身であっても「かつて県民に愛された遊園地が与那原町にあった」ということを知らない若い世代が多いのです。

かつて与那原テックがあった場所は今どうなっている?

与那原マリンタウンゴルフ

かつて与那原テックがあった場所は、現在「マリンタウンゴルフ」というゴルフレンジ兼ゴルフ場になっています。このゴルフ場は平成元年にオープンしましたが、与那原テック同様山の斜面を利用しているのが特徴です。平日にもかかわらず地元のゴルフ愛好者でにぎわっており、今もなお人々に愛される場所になっています。

ゴルフ

ただこの場所にかつて沖縄県民に愛されていた遊園地があったことを知る人も少しずつ減っています。そして与那原テックで過ごした懐かしい思い出を語る場も、これから先少しずつ消えて行ってしまうのかもしれません。

沖縄初の遊園地・与那原テック。「いつかまた与那原テックのような場所が沖縄に出来たら…」という沖縄県民の願いが叶う日が来ることを、今は静かに祈るばかりです。

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